大判例

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東京高等裁判所 平成元年(う)1293号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

第一控訴趣意に対する判断

一  本件控訴の趣意等

本件控訴の趣意は、検察官久保裕名義の控訴趣意書(九頁六行目に「カード表面に印磁」とあるのを「カード表面に印刷」と訂正する旨付陳)に、これに対する答弁は、弁護人大倉克大、同土釜惟次連名の答弁書及び補充答弁書に、それぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、要するに、原判決は、別紙記載の公訴事実につき、テレホンカードは刑法第一八章所定の「有価証券」に該当せず、これをカード式公衆電話機に挿入して使用することは有価証券の「行使」にも当たらない旨説示し、本件変造有価証券交付の事実につき被告人に無罪を言い渡したが、右は刑法一六三条一項の解釈、適用を誤ったものであって、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、到底破棄を免れない、というのである。

二  当裁判所の判断

1  本件の事実関係

原審で取り調べた証拠を総合すれば、被告人が、公訴事実第一、第二の日時場所において、Aに対し、公訴事実記載のとおり、改ざんしたテレホンカード合計一五枚を、その旨を告げて有償で交付した事実は、優にこれを肯認することができる。そこで、所論に鑑み、右の行為が刑法一六三条一項所定の変造有価証券交付罪に該当するか否かにつき、順次検討する。

2  テレホンカードの「有価証券」性について

刑法一六三条一項の規定する「有価証券」とは、財産上の権利が証券に表示され、その表示された権利の行使につきその証券の占有を必要とするものをいう、と解すべきところ、関係証拠上明らかなとおり、テレホンカードの券面には、日本電信電話株式会社(以下「NTT」という。)発行のテレホンカードである旨の記載、通話可能度数及びパンチ穴によっておおよその通話可能残度数を示すための度数目盛が印刷されていて、このような券面上の印刷記載とカードの形状とが相俟って、テレホンカードに化体されている権利が、電話使用権、すなわち、NTTの設置したカード式公衆電話機を使用して同社から通話発行時の通話可能度数の限度内で通話役務の提供を受けることができるという権利であることが表示されており、かつ、この表示された権利の行使につきテレホンカードの占有・所持が必要とされているものであるから、テレホンカードが有価証券に該当することは明白である。もっとも、テレホンカードにおいては、化体された電話使用権の内容のうち、NTTから提供される通話役務の量である通話可能残度数が、カード裏面の電磁気記録部分に磁気情報として内蔵されていて券面上に表示されておらず、したがって、券面上の記載のみをもってしては、カード使用前の通話可能度数は判るものの、使用開始後の正確な通話可能残度数を人の知覚で認識することができないシステムとなっている(使用度数に応じて券面に開けられるパンチ穴は通話可能残度数の一応の目安を示すに過ぎない。)。しかし、この通話可能残度数は、カードをカード式公衆電話機の挿入口に挿入しさえすれば、電話機に内蔵されているカードリーダによって読み取られ、電話機の度数表示窓に赤色で電光表示されて、人の知覚により容易に認識可能となるのであるから、このように権利内容の一部を認識する際に機械の補助が必要であることを理由として、テレホンカードの有価証券性を否定することは相当でなく、テレホンカードは、裏面の電磁的記録部分を含め、電話使用権を化体した「有価証券」と解することができる。原判決は、「有価証券」は文書であることが前提とされているとした上、刑法等の一部を改正する法律(昭和六二年法律第五二号、以下「一部改正法」という。)によって、可視性のある「文書」と可視性のない「電磁的記録物」とは截然と区別されたとの見解に基づき、テレホンカードの電磁的記録部分は有価証券に当たらないとしているのであるが、「有価証券」に当たるかどうかは、財産上の権利が証券に表示されているかどうか、表示された権利の使用につき証券の占有・所持が必要であるかどうかの二点を基準として判断するのが相当であり、それで足りるものと解される。なるほど、有価証券偽造の罪は、経済取引の確実性を担保する手段として重要な意義を有するものである有価証券の成立の真正に対する公共の信用を害する行為を処罰の対象としているものと理解され、刑法一六二条一項に「公債証書、官府ノ証券、会社ノ株券其ノ他有価証券」と規定されていることから考えても、有価証券に少なくとも部分的には直接的な可視性が必要であることは否定できないところであって、証券の外観や記載から、いかなる権利が化体されているのか全く明らかでないようなものは、権利が証券に「表示」されているとはいえず、有価証券性を否定すべきものである。しかし、テレホンカードにおいては、カードに化体されている権利がNTTの設置したカード式公衆電話機による電話使用権であることなどが券面上に表示されており、ただ、その権利内容の一部が正確には券面に表示されていないというに過ぎず、しかも、この点は機械の補助により容易に可視化するのであるから、かかる部分的な不可視性を理由として、テレホンカードの有価証券性を否定するいわれはないのである。そして、一部改正法により、電磁的記録の定義規定が設けられ、文書偽造の罪を定めた第一七章の中に電磁的記録に対する処罰規定(同法一六一条の二)が設けられたことは原判決指摘のとおりであるが、右一部改正法の立案、審議に際しては「有価証券」に関する罪についての手当てが見送られた経緯も窺われるところであるから、電磁的記録部分が含まれた「有価証券」という考え方が認められるかどうかは、依然、解釈に委ねられているものと考えるのが相当であって、一部改正法を根拠として、電磁的記録部分が含まれた「有価証券」という考え方が否定されるべきものとは考えられず、テレホンカードの電磁的記録部分を券面の可視的な部分と切り離して、その有価証券性を否定すべきものとも考えられない。原判決指摘の一部改正法に関する第一〇八回国会衆議院法務委員会における政府の説明員の答弁は、従来私文書とされていたキャッシュカードの券面の可視的部分の偽造とその電磁的記録部分の改ざんがなされた事例につき、その擬律と罪数関係を述べたものに過ぎないし、弁護人指摘の同委員会における政府の説明員の答弁中、勝馬投票券の裏面の磁気テープ部分の有価証券性を否定した個所は、右磁気テープ部分は、表面の記載と一体化したものではなく、かつ、その部分のみでは財産権が化体したものとは認められないことを理由としているものであるから、いずれも、本件テレホンカードの有価証券該当性の判断に影響を及ぼすものではなく、これを否定する根拠となるものではない。

3  有価証券の「変造」について

有価証券の「変造」とは、真正に作成された有価証券に権限なく変更を加えることをいうものと解されるところ、本件テレホンカードは、NTTが真正に作成した通話可能度数五〇度のテレホンカードのうち、その電磁的記録部分に記録されている通話可能度数を権限なく約一九九八度に改ざんしたものであり、テレホンカードの電磁的記録部分が、その券面の可視的な文書部分と一体となって有価証券に当たると解される以上、右電磁的記録部分の情報を権限なく改ざんする行為が、有価証券の「変造」に該当することは多言を要しないところである。弁護人は、「変造」とは、権限なくその外観に変更を加えることをいうと解すべきであるとし、電磁的記録部分を改ざんしても、人に誤信させるような外観の変更はないから、本件改ざんは「変造」に該当しない、と主張するが、不可視的な電磁的記録部分を含む「有価証券」の存在を肯定する以上、「変造」の概念を外観に変更を加える場合に限定して解すべき理由はなく、しかも、改ざんされた通話可能度数はカードを電話機に挿入することによって容易に認識できるのであるから、このような電磁的記録部分の改ざんと券面上の度数表示の改ざんとを別異に取り扱う理由もないと認められるから、この主張には賛成できない。

4  変造有価証券「行使」の目的について

「行使」とは、その用法に従って真正なものとして使用することをいう、と解されるところ、通話可能度数に関する磁気情報を改ざんしたテレホンカードをカード式公衆電話機の挿入口に挿入して使用することは、まさしくテレホンカードをその用法に従って真正なものとして使用することにほかならないから、変造有価証券の「行使」に該当し、被告人がAに対し本件テレホンカードを交付する際、これが同人又はその転得者によりカード式公衆電話機に挿入されて使用されることを認識していたことは関係証拠上明白であるから、被告人は「行使」の目的をもって変造有価証券を交付したものというべきである。原判決は、「行使」は対人的な使用を前提とした概念であるから、電磁的記録部分を改ざんしたテレホンカードのカード式公衆電話機に対する使用は「行使」に当たらない、と判示するのであるが、刑法上の有価証券は、必ずしも、流通性を要件とせず、このことからしても、「行使」を人に対する使用のみに限定する必然性に乏しい上、人に対する使用を前提とするとの見解によるとしても、これを人に対する直接的な使用に限らなければならない理由はなく、テレホンカードの所持者は、カード裏面の電磁的記録部分に内蔵された情報を利用し、カード式公衆電話機の補助を受けながら、NTTに対して電話使用権を行使しているもの、すなわち、テレホンカードをカード式公衆電話機に挿入して、カードと電話機が備えている磁気情報装置を補助手段として、カードを発行して電話機を設置したNTTに対し、通話可能度数の範囲内での通話役務の提供を求めているものであり、これも人に対する使用にほかならないとみられるから、この意味でも本件テレホンカードのカード式公衆電話機による使用は「行使」に該当するといえるのであって、一部改正法において不正作出電磁的記録「供用」の罪が設けられたことが、変造有価証券交付罪における「行使」の右解釈の妨げになるものとは解されない。原判決は、テレホンカードの電磁的記録部分の改ざんは、一部改正法により、刑法一六一条の二第一項の電磁的記録不正作出罪に、そのカード式公衆電話機における使用は同第三項の不正作出電磁的記録供用罪に該当することとなったが、不正作出電磁的記録をその情を明かして占有を移転する行為については、何らの立法がなされていないのであるから不可罰であり、そのことは変造私文書をその情を明かして交付する行為が不可罰であるのと同様である、というのであるが、テレホンカードの電磁的記録部分が、その券面と一体となった有価証券であり、その電磁的記録部分の改ざんが有価証券の変造に、電磁的記録部分を改ざんしたテレホンカードをその情を明かして交付することが変造有価証券の交付に該当することは前説示のとおりであって、テレホンカードの電磁的記録部分のみの改ざんが、電磁的記録不正作出罪に該当し、これをカード式公衆電話機で使用して正規の通話可能度数を超えた通話により不法な利益を取得する行為が、不実電磁的記録作出利得罪に該当するものとしても、そのことは有価証券変造罪若しくは変造有価証券行使罪の成立を妨げるものではない。

以上のとおりなので、本件被告人の行為は変造有価証券交付罪に該当するものであって、これを否定した原判決は、刑法一六三条一項の解釈・適用を誤ったものというほかなく、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よって、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、被告事件について、更に次のとおり判決する。

第二当裁判所の自判

一  罪となるべき事実

別紙記載のとおり。

二  証拠の標目《省略》

三  法令の適用

被告人の判示第一の各所為及び第二の各所為は、いずれも刑法一六三条一項に該当するが、右の第一及び第二は、それぞれ一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により、一罪として、それぞれ変造有価証券一枚の交付罪の刑(判示変造有価証券交付の各罪の間に犯情の軽重は認められない。)で処断することとし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、犯情の重い判示第一の変造有価証券一枚の交付罪の刑に法定の加重をし、その所定刑期範囲内で、被告人を懲役一年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 堀内信明 新田誠志)

〈以下省略〉

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